もしかして、”ちゃんとする”って言ってませんか?

何も日本文化が、悪いということが言いたいのではなく。
日本文化によて苦しめられる必要はないんじゃない?ということを言いたい。
 
日本では、よく”ちゃんと”が使われる。
ちゃんとした、適切なあり方、やり方が既に存在することを前提としている。
つまり、決められた、正しいらしきものにみんな従い、目指さなければならないような空気だ。
日本には”正しい””ちゃんと"があらかじめ用意されている。
 
この、”ちゃんと"にハマル人もいればそうでない人ももちろんいる。
そうでない人が、その”ちゃんと”に従う理由はない。その”ちゃんと”に苦しめられる必要はない。
 
日本に暮らして、苦しむ人の大半はこれでないかと思う。
“ちゃんと"が決められているから、
それに合わない自分は、おかしな奴、ダメな奴、できない奴として評価され、非難されてしまう。
 
 
しかし、何も正しいことは存在しないのだ。
日本にその空気があるだけで、正しいを求めることは、終わりがなく、また、正解もなく、また、自分を否定することだ。
 
日本に生まれたからといって、必ずその文化のいいなりになる必要はない。
 
素晴らしいところは尊重し、自分を苦しめるものに対しては、振り回される必要はない。
そんなことで人間的成長ができない?また、文化によって、自分を苦しめてやしないか?
何も自分が苦痛を感じることだけが、成長につながるのではない。
そもそも、成長の目指す先が、”ちゃんと"したものならなおさら、その考えは採用しないほうがいい。
 
いいものの組み合わせ、まさかの組み合わせで、創造は、なされ、進化していく。
文化に飲み込まれるのではなく、選択、組み合わせていく側へ。
 
 
私が書くこの記事だって、唯一の正しいではない。
採用するかしないかはあなた次第。